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文法は知識ではなく感覚

文法をしっかり覚えることは無意味だとは言いません。

ですが、ある文章を読んでその文章がどんな文法に則って構成されているかを見抜く、という知識は英語を研究されている方でもなければ不要です。

不要な努力はしないこと。
これは、最小努力の法則の原則と言えます。

考えてみてください。
英語のネイティブスピーカーに、文法知識があるでしょうか。
いや、例を変えましょう。
私たち日本人が日本語の文法知識があるでしょうか?

やはり学者でも無い限りそんな知識はありません。ですが、ある文章が正しいかどうかは分からなければいけません。矛盾した言い方に聞こえるかもしれませんが、こういうことです。

文章を読んだり聴いたりしたとき、

違和感があるか無いか

まずはその感覚だけでいいのです。

例えば、こんな文章を読んで皆さんどのように思われますか?

「私の食事をするとき、スプーンとフォークで食べるコースです」

とても変です。文法的に何がおかしいかお分かりになりますか?

変だということは誰にでも分かります。

英文法をしっかり覚えなくても、この感覚をつけることは英語をたくさん聴くこと、読むことで実現できます。とにかく英語に触れること。
覚えなくてもいいのです。
ただ、記憶の奥底でもいいのでサラッと残しておいていただきたいのです。

そして、

「この表現は聴いたことがないから、間違い」
「この表現は聴いたことがあるから大丈夫」
「この表現は違和感がある」

“感覚だけ”で正否が判断できるところまで英語と接してください。

この感覚だけで、学習していくうち、自然に

文法が知りたい! 文法が必要だ!

と切望するときが来ます。